中曽根康弘元首相が死去。死亡原因やネットの反応も紹介!

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衆議院議員連続20回当選していた元首相の中曽根康弘さんが2019年11月29日午前7時すぎに都内の病院で老衰のため亡くなりました。

 

今回はそんな中曽根さんのこれまでの功績やネットの反応をまとめてみました。

中曽根康弘さんのプロフィール

中曽根康弘(なかそねやすひろ)

生年月日:1918年5月27日

没年月日:2019年11月29日(101歳)

出身:群馬県高崎市

身長:178センチ

引用:Wikipedia

 

中曽根康弘さんの死亡原因は老衰だった

中曽根康弘さんの死亡原因は老衰だったそうです。

 

実際に中曽根さんは死亡時、すでに101歳でした。

 

老衰の定義

生物学的・医学的には加齢による老化に伴って個体を形成する細胞や組織の能力が低下することである。恒常性の維持が困難になることが原因である。

引用:Wikipedia

 

つまり植物と同じで人間もある一定期間生きると枯れ果ててしまうんですね。

 

2018年の日本人の平均寿命は女性が87.32歳、男性が81.25歳ですが中曽根さんはその平均年齢より20歳も多く生きたことになります。

 

101歳まで生きた中曽根さんはとても人間的に強かったんでしょうか。

 

中曽根さんの来歴

中曽根さんは1947年に政界入りした防衛庁長官や通産大臣などを経て1982年に総理大臣に就任し、国鉄や電電公社、専売公社、日本空港の民営化を達成した事績が特に知られる。などの民営化に着手した方です。

 

衆院旧群馬3区で初当選。以来、比例北関東ブロックも含め連続20回も当選しています。

 

ロナルド・レーガン大統領との関係が良好だった

中曽根さんはその人柄からか、アメリカの大統領ロナルド・レーガンさんからも支持を受けていました。

 

二人の関係性は「ロン・ヤス」関係と呼ばれる信頼関係でとても友好的だったといいます。

 

その関係から当時の日米安全保障体制はとても強化されていました。

 

ネットの反応

中曽根さんが101歳だったことに驚いた。

 

稀有な政治家だった。

 

中曽根さんは1995年に原子力基本法を議員立法してるという事実が凄い。

 

中曽根さんの像が群馬のどこかで作られることを祈る。

 

年号の変更を3回も経験してるなんて凄い。

 

中曽根さんはあのことを無事墓場まで持って行けたのか・・・

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

 

中曽根さんが101歳まで生きていたことに世間は驚いていました。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

今回はここまでとなります。

 

最後までご覧いただきありがとうございました!

 

 

 

 

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